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東京家庭裁判所八王子支部 昭和39年(少)237号 決定

少年 K・F(昭二〇・一一・四生)

主文

この事件を東京地方検察庁八王子支部検察官に送致する。

理由

少年は大学教授を父とし、検事を母とする三人兄弟の長男であり、その家庭事情、環境は恵まれたものとみるべきであろう。尤も父母共に家庭外の活動が多かつたようであるが、そのため子女の監護教育をおろそかにしているわけでもなかつた(ただ教育方針として進学を旨としていたようであるが、これも一般家庭にあり勝なことである)。しかし少年としては、両親との接触面は少ないことに若干の不満をもつていたようであるが、これらのことが本件非行に特別の関係があつたものとは思われない。

少年の身辺事情、性格については、少年は生来意志薄弱、自己顕示性といつた異常な性格傾向を有する精神病質人であり、社会的適応能力に乏しく、精神内界は貧困で視野が狭く、依存的傾向が強く自己中心的で自制力に乏しく、劣等感の過代償としての顕示性が強く、劣等感と顕示性との間の不均衡から逃避的傾向を示す反面、常に不安、攻撃的傾向が内在し、欲求が充されないと短絡反応を起すといつた幼稚未熟な人格像を示すような性格である。

これに対して弟たる被害者は兄少年に比して外向的であり、少年達の仲間からの人気も兄少年を上廻るものがあり、力関係においても兄に秀いでた部面もあつたようである。それに加えて兄少年が年長者権威に対して服従的であつたに対して、弟は反抗期に入た年頃からか反撥的なところがあつた。

従つてこれらの性格、環境と後記犯行前夜の事由から愈々弟に対して深く不快の念を抱くに至つたものであつて、これが回避するには、純然たる他人との関係であれば、一切の交渉を絶つなどにより容易に心理の葛藤から逃避もできたであろうが、同居の家人であるだけに思慮分別の乏しい上に前記異状気質の少年としては、他にとるべき途を発見できなかつたものと思われる。

或は若し少年が少年なりに導き出した結論である学部(獣医大学)に入学していたなれば、これにより弟との間の少年野球指導についての対抗意識は失われ、従つて本件非行に至る危険性はうすらいだかも知れないが、この点父母のより良い学校学部に入学せしめたいという念願から、実現されなかつたのは、本件少年にとつて結果からみて不幸なことであつた。

従つて少年に対して酌量すべき点があれば、弟の性格行動と父母の措置の点であろう。けれども本件非行の動機原因からして少年としては、非行後直に自首乃至は父母に告白することがなされて然るべきであつたが、少年はこれに反して犯行後偽装工作を試み、且その犯行の強烈なことに思を至すときには、情状必ずしも軽からざるものがある。

しかしながら、本件被害者の死亡によって最も傷心している父母は、同時に少年の父母として処分の軽からんことを願望している点は充分掬さなければならない。それに或は意識過程の覚醒不充分な曚朧状態の行為とも推測されるという鑑定意見も一応の参酌資料となろう。

叙上の点から本件少年に対する処分を検討するに、少年の非行は、所謂初犯であり、その矯正は精神病質だけに容易ではないが、必ずしも不能ではなく、且目下の処固より改悛の情も認められるので、思慮乏しい少年に対して刑事処分を以つて望みその将来を失わしめることは少年の矯正保護の目的と合致する所以ではないから、この見地からは、保護処分を以つて望むべきであろうことが考えられる。しかし他面その罪質、犯情に鑑みるときは本件を刑事司法の下に正義の判断をうけることも対世間に対する法感情を充す上に須要なものと思料されるので、この矛盾する両面の間において、当裁判所は一応本件を検察官送致すべきものとして、少年法第二三条第一項、同第二〇条により主文の通り決定する。

一、罪となるべき事実

別紙のとおり

二、上記事実に適用すべき罰条

刑法第一九九条

(裁判官 村崎満)

別紙

罪となるべき事実

少年は、東京都三鷹市○○○×××番地父K・S方離れ家に実弟H(昭和二二年八月一一日生当一六年)と共に起居し、埼玉県北足立郡○○町××所在○○高等学校三年に在学しておるものであるが、同校一年に在学中の上記実弟が自己の監督している野球チームより脱退して別チームを編成したこと等から不快に思つていたところ、同人は野球にのみ熱中して勉学をおろそかにしており家庭でも母や自己等の注意を聞かず我儘粗暴な行為が多く、このままでは家庭が破壊されるものと予てから一途に考えていたものである。偶々昭和三九年七月○○日夜八時過近所の銭湯に入浴に赴いた際顔馴染の銭湯使用人から弟Hが母親に対しての不満を言いふらしていたことを聞知し、愈々不快の念にかられたところ、更に帰宅後も同人が少年の隣室において兄少年を誹謗していることを聴き、一層のこと同人を殺害しようと決意するに至り強盗を偽装して殺害しようと企図し、翌日午前二時頃上記K・S方母家裏物置より自己所有の登山用鉈一丁を持ち出して上記離れ家八畳間に入り同所に熟睡中の実弟Hの頭部顔面目掛けて所携の鉈で十数回に亘り滅多打ちに切りつけ、よつて同人をして頭部顔面等に割創による脳損傷、くも膜下腔出血により即死させ、もつて殺害の目的を遂げた上強盗を偽装したものである。

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